両腕を自由自在に操って複雑な動作が出来るのは人間だけ。そして両腕の土台となるのは肩甲骨。肩甲骨が自由自在に使えるようになると、腕を使った動きの質が大きく向上します。
加えて、後述するように肩甲骨は背面の多くの筋肉と繋がっています。肩甲骨を自在に動かすための体操は背面全体のほぐしと柔軟性向上に効果的で、肩や背中のコリ軽減効果も期待されます。そして多くの筋肉を活性化させるのでダイエット、ボディメイクにも有効です。
肩甲骨を制すものは健康を制す。本記事では古武道由来の肩甲骨周りの柔軟体操と脱力法を紹介します。
知らぬもの 使えぬ
まずは肩甲骨がどのように動くことができるか、そしてどこに存在しているのかを見ていきましょう。動きを認識するしないで健康体操の効果は全く違ったものになります。肩甲骨の動きは下記六種類の動きの混成によって成り立っています。

肩甲骨がこのように様々な方向に動かすことができるのは、肩甲骨が骨格にガッチリ固定されておらず、鎖骨の端で垂れ下がり、筋肉の海に浮いているように存在している事が理由です(図2)。肩甲骨を動かすとこれら多くの筋肉が同時に刺激され、肩、首、腰、背中全体の血流が良くなります。まずは肩甲骨を六方向に動かして、肩甲骨の存在を感じてみましょう。

肩甲骨六つの動きを感じる準備体操
準備体操1:肩甲骨の上げ下げ(挙上・下制)
- 息を吸いながら肩甲骨を持ち上げ肩を耳に近づける
- 息を吐きながら肩甲骨をストンと落とす
- ※:意識は肩ではなく肩甲骨に傾けてその重さを感じる
準備体操2:肩甲骨の押し引き(外転・内転)
- 両腕を床と平行になるよう前に出し、両手の間隔を肩幅に開き向かい合わせにする。
- 息を吸いながら、肩甲骨を前に移動させて、脇の下から腕を伸ばしたまま前に押し出す。
- 息を吐きながら、肩甲骨を引いて脇の下から腕を引き寄せる
準備体操3:肩甲骨の回転(上方回旋・下方回旋)
- 呼吸のリズムに合わせて腕で大きく円を描く。
- 腕ではなく土台の肩甲骨が動いたのに釣られて腕が動く意識で行う。
輪臂功(リンヒコウ)~重心移動で肩甲骨を回す運動~
輪臂功は中国拳法で脱力を得るために行われる稽古方法の一つ。体を上下させて発生した力を腕に伝えてぐるぐる回すというシンプルな動きです。一見するとラジオ体操の腕回しと変わらない動きですが、いくつかのポイントを押さえながら行うことで質の高い稽古法になります。
肩甲骨が回転する事で肩甲骨を回転させる筋肉群、背中の広範囲の筋肉群がほぐれて血行が良くなるという健康効果が得られます。ポイントは筋肉ではなく、体上下動の力を肩甲骨に伝えて回す事。力の流れを感じながら行ってみましょう。
輪臂功のやり方

- 両足を腰幅かそれより少し広いくらいに広げて立つ、つま先はやや斜め外側を向ける※
- 背骨を真っすぐ立てて、肩の力を抜く
- 脚の力を抜いて背骨を真っすぐ落とし、その力で肩甲骨を回す
- 太ももの筋肉を使って背骨を真っすぐ上げて、その力で肩甲骨を回す
- 腕が頭上に来たあたりで脚の力を抜いて背骨を真っすぐ落下させる
- 体が落下する勢いを腕に伝えて肩甲骨と腕を回す
- 繰り返す
- ※:膝とつま先の位置を一致させることで膝故障のリスクが小さくなります。
何度か繰り返した後、腕を体内側から回す動きに変えて同様の動きを行ってみましょう。
輪臂功で意識するポイント
1. 肩の力を抜いて体が上下するエネルギーを腕に伝える
腕をぐるぐる回す体操ですが、腕の力を捨て去って行うのがポイント。腕を回すのは筋力ではなく、重心移動で作られたエネルギー。大地を踏みしめ、体を持ち上げる足の力を腕に伝えて動かしましょう。
アメリカンクラッカーという紐の先に二つの球体がついていて、手を振って球体をぶつけて遊ぶ遊具があります。アメリカンクラッカーを持っている手を上下させると球体は円を描いてぶつかります。紐には一切の力みはありません。手の力が伝わるだけ。アメリカンクラッカーのように動いてみましょう。
胸の中心に球体をイメージし、その球体から腕が伸びているつもりで動かすとやりやすくなります。球体が上下するのでそれにつられて腕が勝手に動いてしまうというイメージで行うと肩の力が抜けやすくなります。
2. 背骨は真っすぐ立てる
背骨が前や後ろに傾かないよう真っすぐ上下するように心がけましょう。真っすぐ上下すると力のロスが少なくなるので腕も回しやすくなります。
額の真ん中、胸の中心、へそ下指三本に球体をイメージして、三つの球体を地面に対して垂直な一直線状に並べるように意識すると、背骨を真っすぐに整えやすくなります。武道ではこれら三つの球体を上から順に、上丹田、中丹田、下丹田と呼んでいます。輪臂功の際、中丹田から指先へ気が流れるようなイメージを持って行うのも効果的です。
中丹田回転 ~肩甲骨の重さを使った回旋運動~
肩甲骨の重さを利用して技を使うために行われる古武道の稽古方法の一つ、中丹田の回転。中丹田とは胸の中心にあり、気が集積し、形成されると考えられている球体、宝玉のイメージです。この球体を中心として左右の肩甲骨をシーソーの如く動かすことで、肩甲骨の感覚を磨きつつ、可動域を広げていきます。
中丹田回転のやり方

- 胸の前でソフトボール大の空間をつかむように両手を構える
- 手はソフトボール空間に添えたまま、右肩甲骨を回し(上方回旋)右ひじを上に上げ、右肩甲骨を回し(下方回旋)右ひじを下に上げる
- 脱力して右肩甲骨を落とし反動で左ひじを上げる
- 左右の肩甲骨の落下、上昇の回転運動を繰り返す
中丹田回転で意識するポイント
1. 中丹田と左右の調和
胸の中心、中丹田が回転することによって肩甲骨が動いているとイメージして行いましょう。中丹田は調和をつかさどる丹田。左右の動きを調和させる意識で行うことによって、更に効果が高まります。
2.肩甲骨の重さ
肩甲骨は大きな骨。その重さを感じながら行ってみましょう。脱力ができればできるほど自らの骨の重さを感じることができるようになります。
脱力がうまくできない場合は肘を上げる際、肘に糸がつながっていて、天に糸を引っ張られて肘が持ち上げられる様をイメージして行ってみましょう。そして糸がプチンと切れるイメージと同時に脱力。自然と肘と肩甲骨を落としやすくなります。
力は抜こう抜こうと思ってもなかなか抜けないもの。一度意識を手放し、自分の外側に意識を置くことで緊張を緩める方法の一つです。身体の感覚や動きに集中するのではなく、別のものに身を委ねる事で脱力を図ります。
テッポウ素振り ~肩甲骨の全方向運動~
テッポウ(鉄砲)は相撲の基礎稽古の一つ。柱に向かってパーン!パーン!と張り手を繰り返す稽古です。肩甲骨周りの柔軟性と脱力を得るには、柱を叩かず素振りでテッポウ。肩甲骨を回転させることで肘と腕を上げ、肩甲骨を前進させることで腕を突き出す体操です。
ゆっくりと動くことで深層筋を鍛えつつ、肩甲骨を動かす筋肉の柔軟性を養う稽古にもなります。やり方は次の通り。
テッポウ素振りのやり方

- 両足を腰幅か少し広いくらいに広げて立つ
- 背骨を真っすぐ立てる
- 両手のひらを前に向け、肘をまげて肩の前構える
- 右肩甲骨を上方回旋させて肘を上げ、右手を額の前に持っていく(親指は下を向ける)
- 左肩甲骨を外に開いて前に押し出し、左手を右肩前の空間に押し出す(肘は伸ばす)
- 左手を突き出すときは腰も回転させる
- 腰を逆回転させて元の位置に戻りつつ左肩甲骨を回転させて脇を開き、左手を額の前に持っていくと同時に、右手は最初の位置に戻す
- 右肩甲骨を前に押し出しつつ腰を回し、右手を右肩前の空間に押し出す(肘は伸ばす)
テッポウ素振りで意識するポイント
1. 背中から腕を生やす
腕を押し出すとき、背中から腕が出ていくようなイメージで行ってみましょう。肩甲骨をしっかり動かすので背中の引き締めに効果があります。
2. 胸の中心に対し両腕の動きを調和させる
動きに慣れてきたら意識を胸の中心、中丹田に持っていきます。中丹田が両肩甲骨を回し、両腕の動きを調和させて動かすイメージです。動きはゆっくりと、太極拳を行うような気持ちで行ってみましょう。
3. 背骨を真っすぐ立てる
背骨は垂直を維持したまま腰を回すことで、腹斜筋が使われるのでウエストを絞る効果がアップします。軸も意識して行ってみましょう。
4. 股関節で立つ
股関節で地面をかむようなイメージを持つと、体が安定しやすくなります。安定すると腕の回転、背骨の回転も行いやすくなるので、どっしりと骨盤を下げて股関節で体を支えるイメージで立ってみましょう。
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