知人のお父様は今年八十歳を迎えたそうですが、背筋はピンと伸び、シャキシャキと爽快に歩き、肌はツヤツヤです。何か特別なことをやっているのですかと問うと、「毎日四股を10回踏んでいる」との事。一日たった10回の四股で?
相撲をはじめとした古武道の稽古方法は、肉体鍛錬よりも効率よく身体を操作する感覚を磨く事、身体に活力を蓄える事に重きが置かれています。年を取ると筋力が衰え、身体操作がぎこちなくなってくるものですが、古武道の稽古を続けると、高齢になっても健康で自分の体を思い通りに動かす事が出来るようになります。
そして効率よく体が使えるようになると、筋力が衰えても以前より大きな力を発揮できるようになります。100の力を持っていても50%しか使いこなせない人より、60の力を持っていて100%使える人の方が大きな力を出せるのです。
子供はいくら遊んでも疲れ知らず。大人はついていくのがやっとです。なぜかと言うと子供は筋力や知識がないからこそ、自然な本来あるべき体の使い方が出来ているからです。そして不自然でない動きを続けているからぐにゃぐにゃの柔軟性も有しています。
古武道の求める姿はあるがまま自然の姿。今回は四股について紹介します。
Contents
四股とは
相撲の稽古で行われる足を上げて落とす一連の動作であり、次のようなプロセスから成り立っています。それぞれの動作で意識すべき点がいくつかあるのですが、詳細は後述します。
- 軸を作って真っすぐ立つ
- 腰を真っすぐ落として腰を割る
- 片側の脚(軸足)に体重を移して軸足だけで立つ※
- 軸足の膝を伸ばしつつ、反対の脚を上げて膝を伸ばす
- 脚を下ろして再び腰を割る
※足は数cm上げるだけも効果あり
四股は筋トレの効果ももちろんありますが、それ以上に身体感覚の鋭敏化と、操作能力を高める事にこそ本質があります。
人体の中でも大きな関節である股関節を使いこなせるようにする点、人体の幹である背骨を整えて軸を作る点、活力と胆力の源となる下腹の意識を高める点etc…
合気道の達人、佐川幸義師範は毎日四股を千回踏んでいたそうです。いかに達人でも筋力だけに頼っていては高齢になっても毎日千回も踏めようはずがありません。冒頭で紹介した、子供の自然な身体の使い方ができるからこその芸当だと思われます。
次項では四股の効果を紹介します。
四股の効果
股関節を使いこなせるようになる
股関節は下半身を使うあらゆる動作に関係する重要な関節です。しかし重たい上半身を支え続けるために、常に大きな負荷が掛かっており、正しく体重を支えられていないと、周囲の筋肉は過剰に働き、時とともに固まっていきます。
そうなると股関節の可動域が狭まり、日常的な下半身を使った動作がぎこちない不自然なものになっていきます。そのまま放置していると体の土台である骨盤が傾きだし、バランスを維持するため不自然な姿勢となり、全身の骨格のゆがみにつながる恐れもあります。
本来あるべき股関節と骨盤の位置関係は、物理的に安定するアーチ構造です(下図)。左右の股関節が骨盤を自然な形で支え、上体の重さをアーチの頂点で支える構造が、最も効率的に体を使うための形です。

四股の際、腰割りといって背骨を真っすぐ立てた状態で骨盤を下げる動作を行う事で、股関節をしっかりと刺激すると同時に、本来あるべき位置関係に股関節と骨盤の位置を修正することが出来るので、全身のゆがみ矯正に繋がります。
腰痛・膝痛・肩こりの軽減
骨盤と股関節の位置が整うと、筋肉ではなく骨で体を支える事ができるようになります。すると腰回りの筋肉や、椎間板に無駄な緊張を強いる必要がなくなるので、腰痛軽減に効果があります。
腰痛が軽くなると、腰の負荷軽減のために、腰に代わって体重を支えていた膝や背中にかかる負荷が減ります。すると膝の痛みや背中、肩こりの軽減にもつながっていきます。
さらに四股によって、体が前後に傾かない、反り腰や猫背にならないような身体の使い方が習得できるので、姿勢が整って余計な負荷が体にかからなくなっていきます。
ウエストの引き締め
骨盤と肋骨を繋ぐ部分をコルセットのように覆って体の安定に寄与している腹横筋、そして腰回りの側面から体を支える腹斜筋が四股で鍛えられます。
腹横筋が引き締まるとお腹は引っ込み、腹斜筋が引き締まるとウエストにくびれができます。
ヒップアップ効果
お尻の筋肉は大臀筋、中臀筋、小臀筋の3つからなり、その中でも大きな筋肉である大臀筋と中臀筋が四股では使われます。更に骨盤を立てた状態を維持するので、自然とお尻が上向きになります。
私事ですが四股をやりだしてから一週間程度でお尻がキュッと引き締まってきました。効果絶大です。
四股のやり方(詳細)
1: 立つ
- 足を肩幅より広く広げて立つ
- つま先とひざを45度外側に向ける
- 頭頂から背骨、骨盤先端まで通る軸を意識して真っすぐ立つ
- 手はお尻のくぼみにあてて股関節を感じる
2: 腰を真っすぐ落として腰を割る
- 軸を前後左右にぶれることなく降ろせる範囲で骨盤を下げる
- 手は骨盤が下がる動きに合わせて太ももを滑らせて膝上へ
- 膝が内側に入らないよう、お尻が後ろにつき出ないように注意する
3: 片側の脚(軸足)に体重を移して軸足だけで立つ
- 軸が曲がらないよう、棒が倒れるが如く横に傾けて体重を膝に乗せる
- 足裏全体をぺったりと床につけて、バランスを取りながら反対の脚を上げる(数cmでOK、膝は曲げたまま行う。)
脚を持ち上げるのが難しい方は、無理をせず2:の状態から体の上げ下げを行いましょう。これだけも健康体操として大きな効果が得られます。

4: 軸足の膝を伸ばしつつ、反対の脚を上げて膝を伸ばす
- 足を振り上げるのではなく、軸足の膝が伸びる動きに呼応させて、持ち上げた足の膝を伸ばす
- 膝は急激に伸ばすのではなく、身体の動きとバランスを感じながら、じわりと伸ばす
5: 脚を下ろして再び腰を割る
- 自然にスッと足を下ろす。どしんと踏みしめなくても効果は十分。
- 足の力を抜いて骨盤を真っすぐ降ろして腰を割る
+α 下丹田の強化
下丹田とはへそ下三寸の位置(10cmという人もいれば、本来の寸は親指の太さのため3cmという説もあり)に存在する意識(多くに場合球体のイメージ)で、活力の源となります。武道では大地の力を借りて行う技を用いる際、胆力を高める際に意識しています。
四股を行う際、次のような意識で行う事で丹田を強化する事もできます。
- 腰割の際、下丹田と地球の中心が繋がる感覚で腰を落とす
- 地球から得たエネルギーが下丹田から足先へ流れるイメージで軸足に体重を移し、足を上げる
- 足を上げてバランスを取っている間も、下丹田と足先がやじろべえのように繋がっている意識を持つ
ちなみに下丹田と加えて、胸の中心に中丹田、額中心に上丹田と呼ばれる意識体が存在します。
相撲の稽古には四股の他に、テッポウと呼ばれる柱をつく稽古がありますですが、テッポウの動きは肩甲骨を効率よく使う感覚と体つくりあげると同時に、中丹田をフル活用する動きになっています。
股関節と肩関節は人体の二大関節。球状の骨が臼上の窪みにはまっていて、前後左右に動ける関節は股関節と肩関節だけです。様々な方向に動かせるという事は、動かすために繋がっている筋肉が多数あるという事。
故に股関節と肩関節がフル活用できるようになると行くことは、多数の筋肉が使いこなせるようになるという事。そしてそれらと繋がっている筋肉群にも刺激が伝わるので、全身の活性化、身体感覚の強化に目を見張るほどの効果があります。
股関節と肩甲骨を使いこなせるようにしつつ、活力の源である身体感覚、丹田も鍛えられる相撲の稽古方法。時の流れに晒されても残り続けるものというのはやはり良いものですね。
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