曰く!これだけ!~井口流合気道の秘伝と雑記〜

謎の達人より学びし井口流合気道の秘伝をちょびっとだけ公開しています。

敵と友達になるという事

タイミングのズレ

前回の記事で紹介した「格闘技は身体のコミュニケーションだが、敢えて思考と行動をずらし、会話のキャッチボールを行わない事で混乱させる」という技術に関して、よくよく考えてみると、骨の技術(物理学)、皮の技術(生態学)でも使用していると気がつきました。
 
道場では上記技術を知っている者同士が技を掛け合うので、僅かながらも身体のコミュニケーションが成立してしまいます。
 
しかし技術を知らない方が受けると、日常や格闘技の動きと異なるので「あれ?その方向に力がくるの?」「あれ?このタイミングじゃないの?」と混乱して身体を思い通りに動かせなくなってしまう事が多いです。私も入会当初は良く混乱していました。
 
それらを踏まえて、合気道の技が上手くいったときの判断基準を述べたいと思います。
 
 

合気道の技が上手くいったときとは

取り(技をかける方)
「やってやったぞ!」と高揚感なく、ただ気持ち良く感じたり、完全な集中状態になったりする。
 
受け(技を受ける方)
「やられた!」と敗北感やストレスを感じることなく、混乱したり、惚けたりする。ゆえに、やられた後に笑いだしたり、感嘆したりすることが多い。
 
 
合気の技が上手くいかず相手を倒すとき、つまり身体のコミュニケーションを成立させて相手を倒すときというのは、会話で置き換えると、言いくるめたり論破したりする事と同じ状態です。よって受けは敵愾心を抱きます。

しかし会話にズレを生じさせると訳が分からない。訳が分からないけど、驚くようなことが起きている。手品やマジックを見せられて敵愾心を抱く人はいないと思います。
 
 
合気道の最大の技は、”自分を殺しに来た相手と友達になる事”と塩田剛三師範はおっしゃったそうですが、友達になろうと意図するのではなく、いつの間にか友達になっているような感覚なのだろうと推察します。
 
海外旅行などで全く文化が違う人と触れ合うと、小さな差異でイライラしたりせず、違うからなぁと大らかなままで接することができます。また、その差、ズレがある故に短期間で親しくなれる気がします。
 
ぶつからない事、ズラす事。またはぶつかっている点を悟らせない事。これが技に重要な要素だと思います。