空間感覚の技術(心理学)

気の共鳴 合気道と気の話

合気道ほど八百長っぽく見える武道はありません。今年になって三段を頂きましたが、師匠の技を受けて崩れる門下生を見ると毎回そう思います。思いながらも自分も同じように崩されます。

世の中には触れずに吹っ飛ばされたり、身体に触れた瞬間ビクビク痙攣したりする方もおられるようです。それは本当に技なのか?体感したことがないので、断言できませんが、その多くが、師匠と弟子で共鳴現象が起きているか、相手がこう動いたら自分はこう崩れるという条件反射故の動きかではないかと考えます。今回は気の共鳴について語ります。

気の共鳴

一昨年の冬、性の達人でありスローセックスの創始者であるアダム徳永さんとお話しする機会がありました。アダムさんは「セックスは気の交流である」と説いています。

筆者が合気道をやっているという話から気の話になった際、こう問われました「合気道は相手を軽々と投げ飛ばしていますが、あれは相手と気の共鳴がなくてもできるものなのですか?」と。

アダムさん曰く「セックスの場合は気の交流や共鳴が起きなければ、いくらこちらが気を流したところで何も起こらない。相手が心を閉ざしている時は技術でどうこうしてもダメ。」との事。

そして気の共鳴を起こすにはリラックスが必要。脱力して頭を空っぽにする・・・トランス状態になりやすい状況です。そしてリラックスできるのは信頼関係が築けているから。

合気道の演武では信頼関係が築けている者同士が、決まった型を行うので、気の共鳴は起こりやすいと考えられます。その結果、技による反応にプラスαされた過剰な反応を示す事があるのかもしれません。では、自分に害意をもった相手に合気道は通用するのでしょうか?

殺しに来た相手と友達になる

合気道を護身術で使うには、自分に危害を加えようとする相手と気の共鳴を起こさねばなりません。

塩田剛三氏は合気道で最も強い技は何かと問われた際、「殺しに来た相手と友達になる事」と答えたそうです。それほどの精神性なら相手と気の共鳴も起こるでしょう。しかし30年や40年稽古した程度でその境地にたどり着けるとは思いません。

しかしこれは、道場で教えられてどうこうなるものではありません。精神性は合気道の稽古だけでなく、その人の生き様、思想全てが影響してくるものです。

そして当会は護身術を前面に打ち出しています。護身術は短期速習できなければ意味がない。そうなると物理的、科学的な要素をベースとする必要があります。

井口流合気道護身術(IAM護身術)で最初に学ぶのは、物理学や人体構造を利用した「骨の技術」です。まずは物理的に相手と和合する。これが気の共鳴を必要としない合気道の技であり、護身術に活用できる技になります。

と言いつつ、物理的な和合を突き詰めていくと、自ずと気も和合するようになってくるのかもしれません。(話が逸れるのでこの話は後程。)

【参考記事】物理的な和合の感覚を磨くには鉄杖を振る稽古が効果的

合気道が上手くなる鉄杖の稽古
合気道が上手くなりたいなら鉄杖を振るべし重心移動のエネルギーを効率良く使う。これはスポーツ、武道、格闘技で重要とされる要素です。物をスイングする時、素早く溜めなくステップする時...

気の共鳴の起こし方

護身術はともかく合気道を極めるという話になると、開祖、塩田師範、そして井口師範も重視していた「気」は無視できません。

「気の概念」は上達に極めて有用ですし、お越しいただいた読者の方に役立つ情報がなければ記事の意味もありませんので、一つ技の紹介を。

敵意を持った相手と気の共鳴を起こす。その第一歩は相手の敵意を完全無視する事です。

そして敵意を完全無視する第一歩は、当サイトの最初の記事、「人形の目です。周辺視野だけで捉える。全てを包み込むようなイメージ。

更に相手と自分にとって自然な動きが必要です。どちらか一方だけが自然で心地よいだけでは共に鳴ることはありません。相手と自分にとって自然な形を体現するためには、何が自然な形か?無理のない骨格構造を知る必要があります。そう基礎中の基礎の技に戻るのです。

最後には物理的な技と精神的な技の境界がなくなっていく。太極図の陰と陽に明確な境界はありません。徐々に陰となり陽となる。そして陰の中に一点の陽あり。陽の中に一点の陰あり。

達人になると禅問答のような語り方になってしまうのは、二元論で語れなくなることが理由なのかもしれませんね。

太極図

気の共鳴を起こすには?

曰く!陰と陽!これだけ!