一人稽古法

相手に動きを悟られない武の動き 無声に至る

無声に至る

攻めて必ず取る者は、其の守らざる所を攻むればなり。

守りて必ず固き者は、其の攻めざる所を守ればなり。

故に善く攻むる者には、敵、其の守る所を知らず。

善く守る者には、敵、其の攻むる所を知らず。

 

微なるかな微なるかな、無形に至る。

神なるかな神なるかな、無声に至る。

『孫子』、虚実篇第六より

 

武道やスポーツで相手の初動を捉えることが出来れば圧倒的優位に立つことができます。そして初動は必ずしも目で捉えるものにあらず。初動は耳で捉える事も可能です。しかし極上の使い手は無声で動きます。今回は音について語ります。

動きを捉える感覚器官

井口流合気道護身術(IAM護身術)では、様々な感覚強化の稽古を行っています。相手の初動を感知する稽古では、まず古武道ならではの目付を鍛えます。

目付けは日常生活でも隙間時間さえあればできる稽古なので、ここ数年頻繁に行っています。そして昨年の冬には、更に感覚を磨く技法を教わったので時折行っていました。

その結果でしょうか、昨日行われた足運びの稽古の際、相手が誤って通常の足運びをしてしまった時、相手の体が変化するのを目で感知するより先に、「グッ…」と床がへこむ音を耳で捉える事が出来ました。

そこからコンマ数秒置いて上体が突っ込んでくるので、余裕があります。動きは音でとらえた方が目より早く感知できるのです。

足は口ほどにものを言う

横で見ていた師匠が誤った足運びを修正するべく手本を見せます。全く足音が聞えません。無音。気づいたら距離を詰められています。

微なるかな微なるかな、無形に至る。

神なるかな神なるかな、無声に至る。

 

合気道の足運び 前方へ落下する「足の三角」合気道式の足運びは身体のバネを使いません。使うのは重力と骨格構造。本記事では重力を利用する事で大きな力を相手に伝え、しかも初動が感知され...

極上の動きとは、視覚で捉える事の出来ない千変万化の動きを超えた、聴覚で捉える事のと出来ない無音の動き。集団の戦争でも、個人の闘争でも同様に極上の動きは無声になるのかと感嘆しました。

武道に限らず、人の精神状態は歩き方に現れます。自信に満ち溢れている時は自然と歩幅は広く、踏みしめる力は強くなる。悲嘆に暮れている時はとぼとぼと狭い歩幅で足は地面をするような動きになる。

上記は極端な例ですが、僅かでも精神状態が変わればそれは足音に反映されてしまいます。1か0ではなく、微妙な変化が現れる。

戦闘状態でこの変化が捉えられれば、達人と言える領域に一歩くらいは足を踏み入れたことになるのでしょうか。

古武道の動きは無声

無声の動きを体得するには長い稽古が必要です。といっても特殊な稽古ではなく、基本を繰り返すだけ。合気道が上手くなる秘訣、それはひたすら余計な動きを捨てる事。

先ほどの足運びを例にとると、身体をどの順番で動かすか?といった事は考えていません。前方に落下して自然に出る動きが最適の動き。こけそうになった時、パッと手を出す動きが最短最速の手の出し方。

このとき思考はなく、頭の中も無声です。

相手に悟られない動きを実現するには?

曰く!黙る!これだけ!