曰く!これだけ!~井口流合気道の秘伝と雑記〜

井口流合気道の技や考え方を紹介しています。

見て盗む vs 丁寧な指導

1. 結局はバランス 

布団職人コンテストで、ベテランを差し置いて若者が優勝。布団職人の世界では「師匠の技を見て覚える」のが当然らしいのですがその若者は、師匠から丁寧に教え込んでもらったとの事。

これを受けて弟子の育成は見て覚えさせるべきか?丁寧に教えるべきか?とテレビで議論していました。結果を見ればどちらが良いかは一目瞭然では・・・

とはいえ、自分で新たな知見を得た時の喜びと興奮は何物にも代えがたいもの。そして応用力が必要となる分野ならば、自ら解を出す力も磨く必要があるので、考えさせる時間も与える必要があります。

適切な指導と、個の時間の確保。結局はバランスに尽きるのでしょう。

しかし社会人になったばかりの頃、歳を召した方々が技能を伝承したがらず無駄な時間を過ごしました。

 

2. 先人を超えることは罪か

私は某製造メーカに勤務しているのですが、新人の頃「どういう設定で製造したらよい結果になるかは知っているしデータもあるが、自分で最適条件を見つけてみろ。」と言われた事があります。

試行錯誤の末にたどり着いたのは先人と同じステージ止まり。業務成果報告では上司から「そんな何年も前からやってて、分かってる事をなぜ仕事にしている?」と言われてしまいました。そして更なる発展を試みようとする頃には担当が変わり… 愚の極みですね。

自ら考える事、試行錯誤して学ぶ事。それは既存ステージではなく、新しいステージでやればいい事だと思います。

 

弟子が独立して商売敵が増え、自分の首が締まるような世界ならば、技術を開示しすぎるのは悪手かもしれません。とはいえ、全体の発展を望むのであれば、若手にはとっとと既存ステージまで登ってもらわないと困るのではないでしょうか?。

そして、教える事は自分自身のレベルアップにつながるのに、教えないのはもったいないなとも思うのです。

 

3. 教えるという事は弟子とともに成長する事

デイトレーダーの間で聖書と呼ばれている、オリバー・ベレス著『デイトレード』という本があります。テクニックよりもメンタルに関する説明に重きを置いて説明されている書です。その中に「良き指導者を探せ」の記述とともに、指導者に関して次のように述べています

  • 真の指導者は生徒に自らを超えさせるというただ1つの目的をもって自らの知識を分け与えるのである。
  • 教えることによって自分自身が完成する。
  • 他人が自分のレベルに達し、あるいは自分を超えていく手助けをすることによって、自らのトレーダーとしての成長が速まる。

会社で部下を持ち指導するようになり、道場では人の動きにコメントするようになり、これは真実であると感じています。

私は感覚型の人間なので、人に説明するためには感覚を論理に落とし込む作業が必要です。この工程を経ると、なぜ自分が失敗するのか?成功するのか?が明確になって、ミスが減り、成功が増えるのです。

また、新しいことを教えて分かるまである技術に習熟しているか否かのタイミングを見極めが重要となるので、観察力が必然的に磨かれます。指導しようとするといい事ばかりです。教える事で師と弟子が共に成長できるのです。

 

技術とは積み上げて発展させていくもの。既存ステージまでは指導やヒントを適切な量とタイミングで与え、成長を促し、先人と同等レベルに至った後は、今あるものを発展させる事に力と時間を注がせる。これが良い形だと思います。

 

日本企業の成長率が低いと言われています。その理由は先人と同レベルになる事に時間と労力を使わせすぎているからではないでしょうか?

先に紹介した『デイトレード』にはこうも書かれています。
「何の生徒でも一緒であるが、指導者に伍することを試みてはならない。それえは単に真似だけに終わってしまう。目標は指導者を超える事である。」と。

 

4. 技能伝承は見て盗ませる?丁寧に指導どっち?

曰く! 適当に! これだけ