無慈悲な合気道の技 ~武と道の両立~

 


1. 「合気道の技は無慈悲」

過去海外で総合格闘技をやっていた門下生の方の発言です。関節を固めたまま投げる、ルール=制限がない状況で相手を制する事に長けているという点を受けての事。空手黒帯の方もなるほどと納得しておりました。

合気道は愛の武道と呼ばれますが、技術自体は無慈悲なものです。達人の動画を見ていただきますと相手は一切の抵抗ができず、関節を決められたり、投げ飛ばされたりしています。もし前後不覚の状態でアスファルトに投げ飛ばされると…ゾッとしますね。

その技の無慈悲さ故に、使い手には和合の精神、仁の心が求められます。それ故名前に“道”がついているのではないでしょうか。

 

2. 仁に過ぐれば弱くなる

しかし精神性を追求しすぎると“武”としての側面が弱くなります。

合気道の技は、他の格闘技、武道経験者が効率的かつ無慈悲な技として認める程の威力があるはずなのですが、よく「合気道は実戦では使えない。」「決まった状況でしか使えない。演舞だけ。」と揶揄されます。

これは”道”に偏りすぎた稽古をしているからではないでしょうか?武として成立していないのであれば、武道とは呼べません。

武と道の両立。無慈悲と慈愛。陰と陽。相反するものを和合させるがゆえに武道は価値があるのだと思います。

3. 蛇足1 ~陰と陽~

「陰と陽であり、それは道である。」, 『易経』
陰陽論。宇宙のありとあらゆる事物が相反する性質のもの、陰と陽で形成されているという紀元前から存在する中国思想です。この真逆の性質を持った陰と陽を飲み込んで、一元的な道とすることが究極の状態といわれています。

 

4. 蛇足2 ~アウフヘーベン~

ドイツの哲学者ヘーゲル(1770-1831)の弁証論では、”正”, “反”, ”合”という言葉が使われます。なんだか似ていますね。

・正(テーゼ):ある一つの命題。ある側面の見方で正しい事柄(横から見ると□)
・反(アンチテーゼ):正を否定する命題。正と違う側面の見方。(上から見ると〇)
合(シンテーゼ):正と反の合一によって生まれる高次元の見方(実は円柱)
 正と反の合一を止揚(アウフヘーベン)と呼びます