骨の技術(物理学・人体構造)

肩甲骨の回転エネルギー 合気道の当身と相撲のテッポウ

テッポウとは?相撲の稽古上には太い木の柱が埋められています。この柱を両手で交互につく動きが「テッポウ」。押し込む力、突っ張りの力を高めるために行います。

テッポウは腕力を鍛えるだけの稽古ではなく、”肩甲骨をうまく働かせることによって「全身の力+重力を味方にした体の重さ」を相手に伝えるための高度な身体運用の方法”であり、”少ない動きで最大の力を発揮する非常に効率のよい体の動かし方をするための稽古※となっています。

引用元 元・一ノ矢、 ”お相撲さんの”テッポウ”トレーニングでみるみる健康になる”、 実業之日本社会、 2011年

上記書籍で相撲は「そこそこのデブ」ならなんとかなる、生来の身体能力やセンスに依存せず使える格闘技術と語られています。

千年、二千年のスケールで継承するためには、卓越した身体能力を持った人間にしかできない技術体系ではダメで、運動能力が低くても、卓越した強さを発揮できる能力開発プログラムでなくてはならないからです。

合気道に共通する思想です。興を引かれ本書を購入し、実際にテッポウトレーニングを試してみたところ、健康効果を実感すると共に、合気道の当身と多くの共通点がある事に気が付きました。

本記事ではテッポウの効果と自宅で出来るエアテッポウのやり方、合気道の当身の共通点について紹介します。

エアテッポウでのやり方と効果

肩甲骨と股関節は美容と健康の分野で注目を集めつつあります。肩甲骨を動かす事で得られる効果は次の通り。

  • 肩甲骨周りの多くの筋肉をゆるめることで、リンパの流れがよくなる
  • 肩甲骨周りの褐色細胞組織が活性化され、基礎代謝が上がる(ダイエット効果)
  • 交感神経幹の緊張がゆるむので、股関節や膝の緊張や固さが取れる

肩甲骨が巧く使えるようになるとスポーツや格闘技の動きの質も向上します。骨格を効率よく使えるようになり(いわゆるゼロポジション)、無駄な仕事をする筋肉を最小限にすることが出来るようになるのです。

肩甲骨を動かす意識と感覚を養うテッポウ。柱や壁を使わずに出来るエアテッポウのやり方は次の通り。

  • 爪先を外に向けて、肩幅程度に足を開いて立つ
  • 両肘を90度に曲げて少し体の前に出す
  • 右腕を左肩の前方の空間に肩甲骨を動かして伸ばす
  • 右肩甲骨を回転させる事で肘を上げ、手の甲を額前の空間まで動かす(親指は下を向く)
  • 右手の位置はそのままで、左腕を右肩前方の空間に肩甲骨を動かして伸ばす
  • 右肘を最初の位置に戻しつつ、左肘を肩甲骨を回す事で上げ、手の甲を額の前の空間まで動かす

肩甲骨の動きが意識しづらい方は、壁に背を付けて行ってみましょう。肘を上げた際、肩甲骨が壁から離れ、肘を元の位置に戻した際、肩甲骨が壁に触れるのを意識する事で、肩甲骨が動く感覚が養われるはずです。

相撲のテッポウと合気道の当身

合気道の当身は写真のように両手同時に打ち出します。上げた腕で攻撃を防ぐと同時に、下げた腕で打ち込みます。この時、腕を動かすのではなく、肩甲骨を回した結果として肩と腕を上げると同時に下げており、実は相撲のテッポウと同じことをやっています。

合気道の当身

当身を胸の中心、中丹田を回転させることで両手が打ち出されているという意識で行うと、更に効果があがります。

意識した部分は緊張してしまうのが人間。肩甲骨を回そう回そうとするのではなく、胸の中心に球体(中丹田)をイメージして、それが回転する力が伝わって体が動くというイメージで行うと、肩甲骨から余計な緊張が抜けます。

中丹田の回転によって肩甲骨を上げると同時に落とす。肩甲骨で太極図を描く。これぞ陰陽一体の当身。

テッポウトレーニング書籍紹介

冒頭で紹介した”お相撲さんの”テッポウ”トレーニングでみるみる健康になる”は、テッポウのやり方と理論だけでなく、身体操作に関心がある方には読み応えあるコラムが満載です。例えば…

①後から見ると視野が広がる

世阿弥が『花鏡』という本で「目前心後」という言葉を使っています。目は前についているけれど、心は自分の後ろに置くという事なんです。つねに後ろが意識されているんですね。後ろに目があるつもりになると後が意識される。腕も肩甲骨から背中から腕だと考えるとすごく大きくなるんですね。目を後ろに持っていくと、視野がすごく広がるんです。

能楽師・ロルファー 安田登氏と一ノ矢師の対談より

この目の位置と使い方は合気道でも極意とされている使い方だったりします。

②昔のテッポウは軸の入れ替え

昔のテッポウは完全に体を右と左に分けて、片方を軸にして残りの体半分をドーンと投げ出す、身体の運動量を柱に伝えるように行っていたそうです。昔の日本人がやっていたナンバ歩き(前に出す腕と足が同じで軸を入れ替えつつ移動する)的な動きです。

能楽師・ロルファー 安田登氏と一ノ矢師の対談より抜粋

この軸の入れ替えを使った打撃は、空手家の中達也先生も紹介しているのですが、本当に感知しづらい動きになります。

そしてもちろん合気道の当身も同じ事をしています。人体操作を突き詰めていくと、似たような動きに行きつくのが面白いですね。

ちなみに一ノ矢氏は①と②を合わせて、テッポウは全身を柱にぶつけていきながらも視界は広いまま、空間と時間を支配するような感覚があると語っています。

正しい体の使い方が出来るようになると世界から得られる情報、感覚も変化してきます。人体は本当に興味深い。

③立禅、韓氏意拳の站椿功の形について

赤ちゃんを抱く親の姿勢もこれに近いですよね。哺乳類にとって最優先の生物的課題は種の保存なわけですから、「子供を守る時の親の身体運用」が、論理的には最強でなければならない。(剣を中段に構える時、受け身を取る時、この形になる。)

神戸女学院大学名誉教授 内田樹氏と一ノ矢師の対談より。

その他、ピッチング、卓球、スイマー、床屋さん(!)の肩甲骨の使い方について触れられていて、どれも「なるほど」と納得の内容。新しい発見も多々あり、非常に参考になりました

身体操作に関心がある方、健康に関心がある方はぜひ手に取って読んでいただきたいおススメの良書です。